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第64回国際がん研究講演会要旨

スーザン・バンド・ホーウィッツ博士 (アルバート・アインシュタイン医科大学分子薬理学)

国立がんセンター研究所所長 廣橋 説雄 (コンタクトパーソン)

スーザン・バンド・ホーウィッツ博士

第64回国際がん研究講演会 (International Lectureship) は米国アルバート・アインシュタイン医科大学のスーザン・バンド・ホーウィッツ博士 (Dr. Susan Band Horwitz) をお招きして平成17年3月23日に国際研究交流会館国際会議場にて開催された。ホーウィッツ博士は抗がん剤の一つタキソール (商品名:Taxol、一般名:paclitaxel) が標的とする分子が細胞のチューブリン (tubulin) であり、その重合を促進することにより微小管 (microtubule) を安定化し、がん細胞の分裂を阻害することを発見したことで著名である。タキソールは1971年、アメリカ保健省の大規模な抗がん剤探索プロジェクトにより、セイヨウイチイ (Taxus Brevifolia) の樹皮から発見された構造的に非常にユニークな天然に存在する化合物で、今日は化学合成が可能となり、乳がん、肺がん、卵巣がん等の治療に多くつかわれている。今回は「タキソール、チューブリン、そして腫瘍:がん治療新時代の挑戦 (Taxol, Tubulin and Tumors: Challenges in the New Era of Cancer Therapeutics) 」と題されて約1時間30分の講演をいただいた。また一緒に来日されたご主人のマーシャル・S・ホーウィッツ博士 (Dr. Marshall S. Horwitz) も同じアルバート・アインシュタイン医科大学の微生物学・免疫学教室で研究を行っている科学者であり、同日国立がんセンター研究所にて「アデノウイルス免疫制御タンパク質:シグナル伝達への影響とI型糖尿病の予防 (Adenovirus Immunoregulatory Proteins: Effects on Signal Transduction and Prevention of Type 1 Diabetes) 」と題された講演をおこなっていただいた。マーシャル・S・ホーウィッツ博士の研究室では、アデノウイルスの免疫制御タンパク質、特にearly region 3 (E3) 蛋白質に注目し、アポトーシスの抑制やクラスI 組織適合抗原の発現低下の機構や、I型糖尿病の疾患モデル研究へと展開された研究を進められており、その最新の成果が報告された。いずれの講演も多数の参加者があり、予定時間を超過するほどの活発な討論がなされた。

ホーウィッツ博士の研究経歴

ホーウィッツ博士は1958年米国のブリン・モア大学を卒業後、1963年にブランデイス大学にて生化学の学位を収得された。その後タフス医科大学、エモリー医科大学でポストドクトラル・フェローを行われ、1967年以降は現在まで一貫としてアルバート・アインシュタイン医科大学にて研究を続けられている。1980年には同大学分子薬理学・細胞生物学の教授に就任され、2000年からはアルバート・アインシュタインがんセンターの治療部門の副所長の重責を負われている。1992年の米国がん研究連合会 (American Association for Cancer Research (AACR) ) のブルース・F・カイン記念賞など多数の賞を受賞され、2002年から2003年のAACRの会長に就任されている。2003年の第94回AACRの年次総会は当初カナダのトロント市で4月に行われる予定であったが、東アジアで発生した重症急性呼吸器症候群 (SARS) の患者が年次総会前にトロント市でも発見された。本総会の参加者には医師など医療関係者が多く含まれることから、SARSの伝播を防ぐため総会の直前に延期が決定された。博士を含めた当時のAACR幹部の英断であったと今日でも語りつがれている。さらに驚くべきことはわずか数ヶ月の後に再度日程を組みなおし、場所を変え米国のワシントンD.C.にて何事もなかったように約60カ国より約1万5千人以上の参加者のある総会を開催したことである。また本年5月3日には長年の功績により博士は米国の国立科学アカデミー (National Academy of Sciences) のメンバーに選出されている。

タキソールの作用機構の解明と展開

ホーウィッツ博士がタキソールの研究をはじめたのは、博士がアルバート・アインシュタイン医科大学の講師であった1977年に届いた米国がん研究所 (National Cancer Institute) からのその当時まだ全くの未知であったタキソールの作用機構の研究を依頼する1通の手紙がきっかけであった。博士はその当時カンプトテシン (camptotehcin) やブレオマイシン (bleomycin) などの抗がん剤についての研究をされていたが、構造的に非常にユニークなこの天然化合物について特に興味をもたれた。早速研究を始めてみるとこの薬剤の作用は非常に特徴的であることが直ぐに判明した。ナノモルレベルの低い濃度でも子宮がん細胞の増殖を抑制し、フローサイトメーターで測定すると細胞の殆どが4倍体となり、DNA合成が起こるが、細胞分裂の中期でブロックされることが明らかになった。さらに蛍光顕微鏡で細胞を観察すると著名な微小管束が形成されていることが分かった。微小管はαとβのチューブリンの2量体から形成され、タキソールはその内β-チューブリンに結合し、その重合を促進することにより抗がん作用を示すことを明らかにされた。さらに博士らのグループはチューブリンへの結合部位の構造同定、タキソールの細胞内のシグナル伝達への影響、がん細胞がタキソールに対し抵抗性をしめる場合があるが、その分子機構解明などの研究へ展開させ、その詳細について研究報告がなされた。

ホーウィッツ博士の現在の研究

博士は最近ではepothilonesやdiscodermolideといったタキソールに類似した抗がん剤についても研究をすすめておられ、さらにタキソールとシグナル伝達阻害薬の併用の有用性も見出されている。タキソールの耐性の分子機構にmitogen-activated protein kinase kinase (MEK) の活性化が関わり、MEKの阻害薬であるCI-1040をタキソールと併用することで、腫瘍の増殖を抑制するのみならず、fibroblast growth factorによる血管新生も抑制することを明らかにされた。タキソール耐性がん細胞ではチューブリン遺伝子に変異がみとめられるだけでなく、質量分析を用いたプロテオーム解析によりβIIとβIVaチューブリンが失われ、βIIIが増加することを示された。

おわりに

講演会の終わった日、ホーウィッツ博士夫妻をお招きし、神田錦町の学士会館にて杉村 隆名誉総長、筑波大学の西村 暹先生、そして数人の国立がんセンターの研究者とともに懇談しながら夕食をとった。外はあいにくの雨模様だったが、お話するうちに博士夫妻の科学者としての知性的で理論的な面とともに、やさしく心遣いされるお人柄を感じ取れた。これからも情報交換を密に続けること、そして近い将来再会することを強く約束したのは言うまでもない。

(ひろはし せつお)