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以下が本文です。

第66回国際がん研究講演会要旨

バーネット・クレーマー博士 (Journal of National Cancer Institute 編集長)

国立がんセンター中央病院 肺内科医長 國頭 英夫 (コンタクトパーソン)

バーネット・クレーマー博士

講演会について

第66回国際がん研究講演会は、米国よりJournalof National Cancer Institute (以下JNCI) の編集長であるバーネット・クレーマー博士をお招きして、平成19年2月19日に国際研究交流会館にて開催された。ちなみに、よく誤解されるが、現在雑誌JNCIは米国NCI (国立がん研究所) とつながりはないということである。ということで、JNCIを無理して「国立がん研究所雑誌」と和訳してしまうと誤訳ということになってしまうようである。

JNCIは腫瘍学の分野で最も権威のある雑誌の一つ (手元のIF: インパクトファクターの表によるとIF 15.171で、Journal of Clinical OncologyのIF 11.8を凌ぎ、Cancer ResのIF 7.616の倍近くになる) であるが、出す側からするとそれだけの権威を維持するのは並大抵でないのは容易に想像がつく。

さて、博士には、現職のお立場から「科学雑誌の編集について」と、ご自身の研究のご専門から「がん検診について」の二つの話題につきご講演いただいた。当初は2回にわけてお話いただく予定であったが、東海岸を襲った大嵐のためご来日が遅れ (一時は講演会を休止するかということまで検討された)、1回の講演を前後半に分けてのご講演となった。国際交流会館にて2月19日に行われた講演会には、多数の聴衆が来場され、活発な討議が行われた。

科学雑誌の編集

前半の科学雑誌の編集については、科学論文が犯しやすい間違いと、良い論文を選出するためのポイントについてわかりやすく解説いただいた。博士は、「科学雑誌編集というのは、いつも科学の進歩の最先端に触れることができ、常に教えられることが多く、非常にやりがいのある仕事である」とおっしゃっておられる。しかしながらこのような台詞は、強烈な責任感と矜持を併せ持つ人にのみ吐けるもので、実際には雑誌編集には数え切れない落し穴があることは、クレーマー博士よりもはるかに短い期間、しかもJNCIより格段に (少なくとも現段階では) 見劣りするJapanese Journal of Clinical Oncology (以下JJCO) のEditorの一人であった筆者にだってわかる。

その中でも近年最も問題視されるのがConflict of interest (利益相反) と、データ捏造などのミスコンダクトである。科学を進歩させ、能率よく有効な治療法 (または診断、もしくは予防、その他) を開発するためには、産学協同は今後ますます重要になる。しかしながらこうしたことの結果、研究者自身がその研究が生み出す経済的な価値に振り回されるようであれば、そもそもの目的である患者さんのためということから外れてしまいかねない。利益相反については、これを一律に禁止してしまうと多くの場合研究が成立しないので、予め研究者が自己申告して雑誌編集者や読者の判断材料に供するということになっている。JJCOも最近この利益相反の申告を論文投稿の際にしてもらうこととした。しかしながら、どこまでの範囲を申告すべきか、についてはいまだ統一された基準はない。家族の分まで出すべきか、研究で使った薬剤の競合品のメーカーとの関係まで入れるか (これでいくとたとえば、肺がんの化学療法剤についての研究を発表する場合、肺がんに対する薬を出しているすべてのメーカーとの関係を公表しないといけないことになる)、一回こっきりの研究会での講演会謝礼などまでカバーされるのか、など、本音をいえば「そこまでやってられない」と思うようなところまで要求する雑誌も出てきている。JNCIも悩むことであるらしい。

さらに、データの捏造や盗用などは、研究者側が本気で欺こうとすれば、雑誌側ができる対策はきわめて限られている。雑誌の質を保つため、こうしたことへの対策についてのご苦労も伺った。これを防ぐためには生データの提出の要求や監査などが考えられようが、これらはむしろ各雑誌が行うというより公的な機関で行われないと実が上がらないだろうと思われる。

さて、講演の多くは、投稿された研究を誤りなく評価し採択する項目についてなされた。不完全なデータの解析、選択的な提示、研究の限界についての認識不足、などが「正しい結論を妨げるもの」として例示された。聴衆の多くは実際には論文を雑誌に投稿する側であったろうが、こうしたことを編集側が重要視しているということを確認することにより、そういう「採択してもらう側」にも非常に参考になったと思われる。

がん検診

後半のがん検診についてで、博士は、実際の検診データにはさまざまなバイアスがあり、検診の評価は発見された症例の生存率では不十分であること、その病気の死亡率を、ランダム化試験にて評価しなければならないことなどを力説された。

単純に、検診でみつかった、たとえば肺がんの予後が、検診以外でみつかったものよりも良かったとしても、それは検診が有効であり国民の福祉につながると結論することはできない。そもそも検診に行こうという人は、もともと健康に気をつけている人で、そういう人は医者の指示にもよく従うだろうし、またある程度経済的にも余裕があるだろうし、もともと病気が治りやすい状況にある (selection bias)。また、全く治療法がなくても、2年先に病気が発見されていれば、「診断されてからの予後」は計算上2年のびることになる (leadtime bias)。さらに、検診でみつかりやすいがんは、がんの中でも非常にゆっくりしたもの (たとえば前立腺癌など) で、極端な場合放っておいても致命的にならないこともある (length bias)。

クレーマー博士は以上のことを例を挙げながら詳細に説明された。博士の結論としては、現在の検診の多くはその有用性が検証されてはおらず、「見つかった病気の生存率」でなく「集団の死亡率」をエンドポイントにしたランダム化試験が必要で、これに代わるものはないことを力説された。

さてこの「有用性が検証されていない」のに流行となっているものの代表格が肺がんのCT検診である。会場には国立がんセンターなどで実際に検診業務にあたっている診断医や、そこで見つかった癌を「治療」している外科医も多く、そこではいさようですかと引き下がるわけにはいかない。曰く、癌の自然史からして「ここだったら治るがその先はもう治らない」と推定するのはリーズナブルではないか。曰く、見つかった「癌」を治療しないという方針は患者に受け入れられない。また曰く、そうはいっても検診の有効性を (間接的にせよ) 示すデータが出された以上、ランダム化試験が成立するのか (参加者が集まるのか)。活発な質疑応答がなされた。クレーマー博士は時折“Great question!”とコメントされながら、その一つ一つに丁寧にお答えになり、議論を楽しむご様子からも、博士の真摯なお人柄が垣間見えた。

おわりに

今回の講演会は、天災しかも遠く離れたアメリカ東海岸の嵐の影響で日程も変更され、コンタクトパーソンも本来しかるべき先生が「他の仕事で手が回らない」ということで、専門分野も違いクレーマー先生と面識もなく明らかな役者不足である私になってしまい、内心冷汗三斗の思いであったが、多くの参加者と活発な討論にほっとしている次第である。各方面のご助力と、なによりクレーマー先生ご夫妻のお人柄に救われた思いで、ここに改めて御礼申し上げます。

(くにとう ひでお)