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第67回国際がん研究講演会要旨

カルロ・クローチェ博士 (オハイオ州立大学)

国立がんセンター研究所 副所長 中釜 斉 (コンタクトパーソン)

カルロ・クローチェ博士

第67回国際がん研究講演会は、米国オハイオ州立大学のカルロ・クローチェ博士をお招きし、平成20年2月1日に国際研究交流会館にて、「ヒトがんにおけるマイクロRNAの役割」というタイトルで開催された。クローチェ博士は、長年、がんの遺伝学的な解析により数多くの成果を上げられてきた世界をリードするがん研究者の一人である。

今回の講演会のテーマであるマイクロRNA(microRNA)は、それ自身では蛋白質をコードしない18-24塩基長の短いRNAで、自身の配列と相補的な配列を3'非翻訳領域に有するmRNAと結合し、mRNAの安定性や翻訳を調節することで、遺伝子の発現制御に重要な役割を果たしている。また、microRNAは各臓器に特徴的な発現プロファイルを示すことから、最近では個体発生や細胞の分化に重要な役割を果たしていると考えられている。

クローチェ博士の研究経歴

クローチェ博士は1967年にローマ大学医学部を卒業し、1969年に同大学で医学博士号を取得された。1970年に米国フィラデルフィア州のウィスター研究所に移られ、6年後の1976年には同研究所の解剖学・生物学講座の教授に就任された。1980年には同研究所副所長、1988年からはテンプル大学医学部の病理学講座教授とフェルズ研究所所長の職に就かれた。2004年に現在のオハイオ州立大学に移られ、分子ウィルス学、免疫学、及び遺伝医学講座の主任教授を務められている。クローチェ博士は一貫して、ヒトがんの初期の発生に関わる機構について遺伝学的な解析を中心とした研究を続けて来られた。バーキットリンパ腫におけるc-myc遺伝子の染色体転座を世界で初めて報告し、また遺伝学的な方法により、濾胞性リンパ腫の発生に関わる細胞死関連遺伝子Bcl-2を発見された。

今回の講演会のテーマであるmicroRNAとヒトがんとの関連についても、やはり遺伝学的なアプローチにより、microRNAがリンパ性白血病の発生に重要な役割を果たしていることを2002年に世界で初めて報告された(詳細は後述)。クローチェ博士は、がんの基礎研究の発展に中心的な役割を果たしてきた研究者の一人である。

慢性リンパ球性白血病におけるmicroRNAの関与

Bリンパ球性慢性白血病(B-CLL)では、ヒト13番染色体の長腕領域(13q14)が頻繁に欠失していることが知られていた。クローチェ博士はBCLL患者における13番染色体上のゲノム欠失領域の詳細な解析を行うことにより、13q14領域の最小欠失単位を約30kbの範囲にまで絞り込むことに成功した。この領域は、既に遺伝子の局在がマップされていたLEU2遺伝子のエクソン2とエクソン5の間に位置することを示し、2つのmicroRNA遺伝子(miR-15,miR-16)が本領域に存在することを明らかにした。クローチェ博士は、この2種類のマイクロRNAがヒト慢性リンパ急性白血病で高頻度に欠損もしくは発現低下していることを突き止め、ヒトがんの発生におけるmicroRNAの関与を世界で初めて明らかにした。BCLLにおけるmiR-15,miR-16の欠失或いは発現低下は、arginyl-tRNAsynthetase(RARS)などの標的遺伝子の過剰発現を引き起こすことによりがん化に関与すると考えられている。

MicroRNA遺伝子はがん化関連ゲノム領域に高頻度に存在する

クローチェ博士を中心とした最近の数多くの成果により、様々ながんでmicroRNA遺伝子の欠失や増幅、発現変化などの異常が見つかり、固形がんを含む多くのヒトがんの発生や増殖、進展・転移にマイクロRNAが重要な役割を果たしていることが明らかにされた。これまでに、500種類以上のヒトmicroRNA遺伝子が同定されているが、クローチェ博士は186種類のmicroRNA遺伝子の染色体座を決定し、多くのmicroRNAがヒトがんで異常を認めるゲノムの脆弱領域や欠失領域に高頻度にマップされることを見出した。この事実からも、microRNA遺伝子のゲノム異常や発現異常ががんの発生に深く関与していることが示唆された。

発がん感受性とmicroRNA

個体におけるがんの発生には、環境要因などの外的要因に加え、遺伝的に規定されている個体レベルの遺伝的要因が重要な役割をしていることが疫学的な解析から明らかにされている。発がん感受性を規定する遺伝的な要因に関しては、動物モデルを用いた遺伝学的な解析や、ヒトがんに関して膨大な数の遺伝的多型マーカー(SNPsなど)を用いた全ゲノム関連解析により感受性遺伝子の解明が進められている。クローチェ博士は、今回の講演の中で、microRNAが発がんの感受性にも寄与しうることを示した。事実、マウスモデルを用いた遺伝学的解析によりマップされた感受性遺伝子座の領域に、数多くのmicroRNAがマップされることが分かった。MicroRNAの発現様式によりがんの予後予測やリスクの評価が可能な点からも、発がん感受性とmicroRNAとの関連に関しては大いに興味が持たれた。純系動物における発現microRNAのカタログを作成することにより、がんの遺伝的な浸透性に関わる感受性遺伝子を同定できる可能性がある。

MicroRNAの発現様式によるがんの層別化-予後との関連

MicroRNAは各臓器に特異的な発現様式を示すことが知られているが、クローチェ博士はさらに、同じがん種でも、microRNAの発現パターンにより層別化されることを見事に示した。例えば、BCLLもmicroRNAの発現様式で予後の異なる二つのグループに分類できることを明らかにした。例えば、予後の悪いタイプのB-CLLで発現が亢進し、逆に予後の良いタイプでは発現が減少しているmicroRNAとして、miR-181a,miR-155,miR-146などを同定した。逆に、miR-29cは予後の悪いB-CLLで発現が減少していることが分かった。CLL以外にも、大腸がんや膵臓がんなどでも、microRNAの発現様式により予後や抗がん剤に対する反応性が予測可能であることが本講演会で示された。

さらに興味深いことに、B-CLLの患者では低頻度ながらある種のmicroRNAの前駆体や成熟型microRNAの配列中に遺伝子変異が認められることも明らかにした。MicroRNA遺伝子におけるこれらの変異の存在により、microRNAの標的遺伝子との結合性、標的遺伝子の変化、成熟型microRNAの生成過程に影響を及ぼす可能性があることが示された。

慢性リンパ性白血病の原因遺伝子TCL1のmicroRNAによる発現制御

がん遺伝子TCL1の発現異常が、慢性リンパ性白血病(CLL)の悪性形質の賦与に寄与する原因遺伝子であることが動物モデルで示され、CLLの臨床的な悪性度とTCL1の発現量が相関することも分かっている。悪性度の異なるCLLの3つの臨床型におけるmicroRNAの発現プロファイルを比較したところ、miR-29とmiR-181の2種類のmicroRNAの発現量と臨床的悪性度とが負に相関することが分かった。このことから、TCL1の過剰発現が認められる悪性型のCLLにおいて、miR-29およびmiR-181が治療薬として有効である可能性についても示された。

がん遺伝子的microRNAのトランスジェニックマウス

MicroRNAは、過剰発現により標的遺伝子の発現低下を誘発しがん化に寄与するがん遺伝子的microRNAと、発現低下により標的遺伝子の発現亢進を引き起こすがん抑制的なmicroRNAに大別される。クローチェ博士は、代表的ながん遺伝子的microRNAであるmiR-155のトランスジェニックマウスを作成し、細胞増殖やがん化への関与についても検討している。miR-155の過剰発現によりマウス個体サイズの増加とともに脾臓の腫大が認められたことから、miR-155がinvivoにおいても細胞の増殖抑制に関わる遺伝子を標的としている可能性が示された。

遺伝子発現のエピジェネティック制御機構におけるmicroRNAの関与

細胞のがん化にはジェネティックな変異(遺伝子変異)に加え、メチル化による遺伝子の不活化などのエピジェネティックな変化が重要な役割を果たしていることが近年明らかにされている。DNAメチル化に関与する2つの重要な蛋白質DNAmethyltrasferase(DNMT)3Aと3Bの発現がmiR-29により制御されることが分かった。ヒト肺がんではメチル基転移酵素DNMT3A及びDNMT3Bの高発現と不良な予後との相関が認められ、また、miR-29の発現量とDNMT3A,3Bの発現量が逆相関することが示された。肺がん細胞株を用いた実験では、miR-29を過剰発現によりDNMT3A,3Bの発現が低下した。さらに、mir-29の導入によりDNAのメチル化パターンが変化することで、メチル化により不活化されたFHITやWWOX等のがん抑制遺伝子の発現が回復し、その結果、肺がん細胞株の腫瘍原性を阻害することが示された。これらの結果は、miR-29をつかって肺がんのエピジェネティックな状態の正常化を図ることにより、microRNAを用いた肺がん治療の可能性を示唆する。MicroRNAの臨床応用に関する新たな展開を示すものであった。

最後に

がんにおけるmicroRNA研究はまだ端緒に就いたばかりだが、現在、急速な勢いで本領域の研究は展開している。クローチェ博士はがんの領域におけるmicroRNA研究を常にリードしてきた。microRNAのがん医療への応用展開についても精力的に取り組んでいる。今後、microRNAを用いたがんの新たな予防法や早期診断法の開発、さらには薬物療法の分子標的としての可能性など、本研究分野の今後の展開と可能性に大いなる夢と期待を抱かせる、素晴らしい講演会であった。

(なかがま ひとし)